まひるのそら

ノートの端っこみたいな感じ。

死にたい。

 死にたい。仕事したくない。何もしたくない。もう嫌だ。

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月明かり 窓辺に落ちる
この光はあなたを包んでいるのでしょう
それならばわたしも包んでください せめて今だけ
淡い祈り はかない願い
朝日が世界を切り裂き開くまで
それまでは せめて そっと
夢に見たあの日 遠く見たあなた
欲しいとは言いません
寄り添うように包む光に口ずさむ旋律
月明かりのように
わたしの想いもそっと寄り添わせてください あなたの傍に
月を見上げて祈る
あなたのように わたしも彼を包みたい
もしも わたしが月明かりなら それは どれだけすばらしいことでしょう
けれどわたしはあなたではないのだから ただ祈ります
同じ光の下
想いが届きますように、と

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深夜に雨が降る。

 しとしとと雨が降る。
見上げると空は低く、重い黒色。
明日も多分雨だろう。夜が明けても雨なのだろう。
静かに降った雨に濡れた道。街頭の明かりがぼんやり滲んで光ってる。
 車一つ通らず、人の寝息さえ聞こえてきそうな夜闇に一人、息を潜めて佇んでいた。
 ――明日は晴れることがない。
 たったそれだけのことがどれほど自分を苦しめるのか、苦しめているのかわからない。ただただ気持ちは暗く重く、雨雲のように心を覆いつくしてしまっている。吐く息は浅く、吸う息も浅く、胸の鼓動も小さく静かだ。
 何をしようか、と思う。
 何かしなくちゃと思う。
 長い長い夜をどうやって過ごせばいいのか神様に聞いてみたい。
「神様、わたしはどうしたらいいのですか?」
 小さく光る自動販売機に吸い寄せられて、冷たいコーヒーを買う。肌寒いはずなのに、温まろうなんて思えない。冷たい缶が不思議に心地よくて泣きそうになる。
 コーヒーは冷たくて、手に持っていられないくらいに冷たくて、じん、としびれる指を感じながら、味も香りもしない冷たいものをちょっとずつ飲んで、喉を伝う冷たさを体に入れる。
 喉が冷えてきてだんだんわたしがわからなくなっていく。夜の冷たさと静かさに溶け込んでいく感じ。わたしがわたしでなくなっていく感じ。
 抱きしめられたいと思った。愛している人に、愛してくれる人に。
 きっとそれは世界で一番の温かさをくれるのだろう。
 ――でもそんな人はわたしにはいない。
 寂しさに胸が冷たくなっていく。何も感じなくなっていく。
 雨に打たれて濡れていれば誰か傘をさしてくれるのだろうか?
 今ここで死んでしまえば誰かが泣いてくれるのだろうか?
 ――きっと、そんなことはないのだろう。わたしは一人でただ時間に取り残されてしまうだけ。
 でも死んで、神様に会えるのだとしたら少し嬉しい。
 だって訊けるから。
「神様、どうしてわたしを孤独にしたのですか?」
 答えは何ももたらせないけれど、少しくらい神様のせいにしたっていいじゃないか。でもどうせ神様が言うことなんて決まっているの。
『君は一人なんかじゃないのだよ』
 ありきたり、ありきたりすぎて可笑しくなって、わたしは多分、少し笑うだろう。そうしてわたしは神様にこう言うのだ。
「神様は孤独の寂しさを知らないのですね、そんなにも孤独なくせに」
 単なる八つ当たり。でもそれを受け止めてくれるだけの優しさくらいくれてもいいでしょう? ねえ、神様?
 ――そんなことを考えて飲みかけのコーヒーがなくなって、わたしの心もなくなって、一人雨の中、あてもなく歩く。

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へぼいですけど。

 ふと、昔、十分かそこらでとあるところに書き殴ったシールの小説を載せてみようと思った。プロット(梗概というかあらすじというか事の顛末)はとりあえず出来ていて、あとはシール上の設定とかストーリとの考証が課題な訳なんだけど、出だしだけだし、そんな深く考えないでオリジナルっぽく勝手に書いてみたものです。
 同人を書くのは、実際好きじゃないんです(あ、書くのは、ということはです)。だもんで、とても下手だし、ゲームの面白みというのを発揮させられていないなあ、とも思うし、何より下手です。対象年齢も十歳くらいという低めで書いた感じです。……というと、思いつくままに書いたわたしも実際それくらいの年齢ということかしら……。
 まあ……なにはともあれ、すごい下手です。
 昔よく、先生は「作品を提出するときに卑下するようなことを言うな。そう思ってるなら書き直して出せ。自分でダメとわかるレベルのものを持ってくるな」と、おっしゃっておりました。
 ――あー、あかんな、わたし……。
 とりあえず、すごい長編というか、ただ単に枚数設定してないからいつまで続くかわからない(とりあえず原稿用紙700枚くらい? 単行本本二冊分かなあとか予想してるけど、最低枚数として)ので、いつ続きを書くか、そういうのもわからない。気まぐれで書くだろうし、書かないかもしれない。
 そんなあやふやな状態だけど、えーと、当時、二回とあと途中まで書いた半分だけを載せてみます。
 それではどうぞー。
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やりたかったこと。

 やりたかったこと。
 小さい時に思い描いていた未来の自分。
 想像とは大分かけ離れているとかそういう前に、未来を想像する余裕なんてなかった。それでも江戸川乱歩を読み漁っていた小学生時代を終えてから、中学生で衝撃的なライトノベルに出会った。それで、教師や周りの人の「わたしに似合う仕事」だった「教師」というおぼろげなビジョンを残したまま、子供達に何かを伝えるライトノベル作家になろうと決めた。
 物語を作るのは好きだった――とまですごくはない。ただ、断片的なシーンを想像し、世界を創ることが好きだった。何も無いところに何かを思い浮かべ、ありもしない話を作り出しては人に話していた。
 単なる嘘つきだと蔑まれたり、あるいは小説やアニメといった空想を愛する人の共感を得たり、相手にされなかったり、楽しまれたり、色々で、もう自分の主観でしか判断できない過去の話ではあるが、あの時は本当に、無我夢中で何かを創っていた。
 むさぼるように小説を読み、漫画を読み、ドラマを見、アニメを見た。
 そういうときは未来像なんて想像していなかった。賢い人なら将来のために、と考えるだろうが、少なくとも「小説家」という目的のため、なんて考えはしていなかった。ただ、していたならもう少し有名になっていただろう。
 しかし、「決めた」といっても、中学生で少なからず多感でもあったし、小説家を「夢」とカテゴライズしていた自分は、打算的に進学・就職することも考えていた。このあたりが純粋性に欠けるところだったと思う。
 好きでありながら決めたこととしながらも、あくまでも可能性の一つとしか考えず、推薦で高校に行っていい成績を取り、推薦を取り、そして大学に行き、大学で推薦を取り就職する――そう考えていた。常に漠然としたサラリーマンというイメージが頭にはあった。そのくせ、頑なにまで小説家……正確にはストーリテラーなど、物語を創る人間になるという考えは心底にあった。
 大学まで順当に推薦を取って進んだ。そこにいる環境でベストを尽くして、進学の山場では労せず済むように事を進めたから、人の言う受験戦争などには巻き込まれず、苦労は少なかったと思う。
 高校で格闘技を始めた。この頃になると、物語を創るための土台となる経験を積む、自分に無いものを吸収する、というスタンスを取るようになっていた。だからそれまで架空の世界に身を寄せる自分から逆にあるとても物理的で、スマートなほどに実力主義の世界に身をおいた。
 大学に進み、大学でも格闘技を続けた。
それまでの環境が一変しても、進学・格闘・小説という三本柱は変わらずにあった。
 大学の成績はいまいちだったが様々な種類の学業に手を出して、知識を得ようと心がけた。一方格闘技の成績はそこそこ優秀で、主将こそ辞退したものの、副主将として数十人の部員を引き連れるようになった。人間関係の規模も一気に広がった。
 大学二年までで社会科学及び文系・理系の基礎科目単位を取った。そのとき村上春樹の小説の劇的な作品に出会ったのがきっかけで、文学系の大学に入学しなおそうとして、失敗。初めてのセンター試験で落ちる。なりふりかまわずにとった行動で、なおかつ失敗に終わってしまった。愚かしいばかり。
 そのまま大学三年になり、経営学を学ぶ傍らで他学科の法学・経済も学ぶようになった。文学の授業だけは、単位取得し終わってからももぐりで習い続けた。
 大学三年の夏に就職活動が活発化してきたとき、将来の進路を考えた。小説家になるなら、基礎となる作法を専門で学ぼうと思った。参考本による独学はしていたが、ちゃんと授業で習おうというのと、コネクションを作っておこうと考えて、出版社と結びつきの強い専門学校を渡り歩き、ベストな環境であると考えた専門学校を選んだとき、人生の岐路に立つことになった。
 ――このまま新卒で就職しなければ、サラリーマンでのエリートコースから外れる。小説家に運よくなれる保証はない。ましてや、サラリーマンになって、それでも作品を作り続けて、やがては兼業作家のようになれる可能性はさらに低い。
 そこで高校の国語教師で担任だった恩師に会いに行った。先生は「将来の安定のために、国語教師を選んだ」人だと聞いていたから。
 くだらない雑談だったけれど、色々と踏ん切りがついた日だった。どうしたらいいか、というのはもう決まっていた――というより、今まで自分の判断でのみ進路を選んできたから、あと一押しが欲しかっただけだったのだろうと思う。今となってみたらだけれど。
 専門に入ることになり、大学は平穏に過ごした。
 格闘技のプロを一時期、真剣に考えたが、足の怪我により一年以上戦えなくなっていたから、純粋に小説だけを考えて過ごした。
 専門に入学してからが大変だった。鬱になる原因だろう。人は言語野を酷使すると鬱になりやすいとも聞いたことがあるが。
――死んでも小説家になりたい奴だけがここに残れ。
 最初のとある先生で、今もお世話になってる先生に言われた。
 それで生徒の三分の一がいなくなり、授業が進むにつれてさらに三分の一が去った。二年間の生活のなか、最後まで生き残ったのは、わたしのクラスの50人の中の7人程度だった。
 話は少し戻るが、一年目のコンペで、絵本原作ばかりやっていたわたしが、ライトノベル作品で受賞した。生徒投票・講師投票・タイトル投票の三冠。これまで三冠をとった人間は全員デビューしているということだった。
 それから、絵本・ライトノベル・大衆小説・童話とジャンルをすべて勉強していたわたしは、ライトノベル一本に絞ることにした。今思うに、原点回帰でちょうど良かったのかもしれない。
 この三冠がきっかけで現在の仕事を得た。富士通とAUの仕事だった。大衆小説よりの短編小説を毎月書くという仕事だったが、初めてお金をもらってやる仕事だ、というのと、ショートショートという、極短い作品ばかり書いていたから、短編という長さのものを仕上げるのは大変だった。無我夢中で書き上げた。爆発的ヒットこそしなかったが、継続的に支持される作品として、現在の自分の地位を立ててくれるまでになった。小説を学び始めて一年目にしては上出来すぎた。独学である程度学んでいても書き上げたことはなかったから、嬉しいというより、安堵した。
 それからコンペがあるたびに、三冠こそ二度と取ることはなかったが、講師賞だけはわたしが作品を出す限りでは卒業まで取り続けた。文章レベルについてもアイデアマンというレベルについても、わたしを超える人はいたと思うのだが、運良く発想、アイデアという点だけは常に評価され続けた。多分、それまでの作品を書いて閉じこもるよりも外に出て経験値を貯めつづける、という行為が成功したのではないかと思う。
 このとき辺りまでは良かった。仕事こそ持っていたが身分は生徒でもあったから、楽しんでいた。やりたいことをやっている、やりたいことをやれば成功する、という次元だった。
 そして卒業して、仕事だけになり、仕事でも実績を買われてか、ほとんど担当は好き勝手やらせてくれていたから、何かを伝えるとか、メッセージを前面に押し出した作品でもある程度は通用して、成果もでた。
 しかし、新人賞をとらなくては将来性が暗いとか、どこの派閥につくか、ライトノベルでもどのジャンルを狙うか、自分の適正はどこか、今の売れ筋はどこか……新人賞に投稿しても受賞はおろか予選通過がやっとの状態である事実を突きつけられ、真面目に新人賞を考えるようになった。それが二年前くらいだ。在学中も投稿していたが、基礎レベルが足りず、予選通過すら叶わなかったが、仕事を毎月やることによって飛躍的に安定して基礎が出来るようになって、卒業一年目に、大手で一次通過。しかし最難関であるところでは短編ですら一次が通らなかった。しかし二年目で大手と最難関で一次通過。三年目の今回でも大手で一次通過を果たし、現在三次選考が行われているという内部事情を聞いたが、実際は二次通過も発表されていないので、どうなのかわからない。発表が出る前に、次の投稿のための行動に入る予定だ。
 ここまできて、やりたかったことは何なのかがわからなくなってきてしまった。今書いているのは自分の書きたい小説ではない。
 マイナーな場所の作家ならいい。ただ、売れるなら、大御所になりたいのなら「最初の十年はくさい飯を食え」と言われるくらい、自分の書きたいものが書けなくなる、というのは本当なのだな、と思った。
 もうすでに売れるもの、売れると推測されるものを書くことに必死だ。実際、継続している仕事でも生き残りの戦いが酷い。入れ替わりが激しくなり、今、半数以上が新人賞を持っている作家だったり大御所であるため、自分は二番目の古株でありながら、一番危険な場所に立っている。新人もかなり有力でおそらくはどこかのプロが別ネームで書いていると考えられる。
 やりたかったこと。
 夢で見ているときは良かった。
 無難にサラリーマンになった友人は、やりたいことをやっているのが一番だよ、と言うけれど、わたしにしてみると、サラリーマンになった方が人生的にはベストだと思う。わたしは建前上は自営業で一人親方みたいな感じで、いつ仕事がこなくなるかわからない。将来の保証なんてない。実力がこれ以上つかなかったら発展しないし、もし通用しなくなったら終わり。アイデアが尽きたら終わり。時代についていけなくなったら終わり。ライトノベルという以上、基本は若い人や子供がターゲットだ。年齢は離れていく一方。歳をとれば、自然と感性は離れていく。時間が過ぎれば過ぎるほど、感性作家では通用しなくなる。技術を高めてフォローしなくてはならない。
 ……なんて、現実的なことを考えると、やりたかったことをやってはいるが、本当にやっているのか? という疑問を抱いてしまう。
 確かに、好きな文章で物語を創る時間は何物にも代えがたい。
 しかし、新人賞を考えたら、こうしたい、ああしたい、こうであるべき、という自分の価値観を崩さなくてはならない。アイデンティティを押し殺して勝負しなくてはいけない。自分が自分である根拠を無くしていく。
 何が面白いのかわからなくなる、そうして書けなくなる、というデススパイラルこそわたしはまだ迎えていないのだが、どうして書いているのかがわからなくなる。やりたいことであるはずなのにやりたいことではないような気がする。しかし、本当にやりたいことをやるためにはやらなければならない。
 どうにか立ち回って生き続けなければ――こういう風に考える自分には、かつてのように、本当に楽しんで、夢中で作品を作るということがなくなってきている。そう考えると、これが本当にやりたいことだったのだろうか、と疑問が浮かんだりする。それでも書き続けなければならない。次の仕事の締め切りはくるし、新人賞投稿のための締め切りもくる。
 わがままなのだろうけれど、こんな葛藤を抱きながら書いているわたしは多分、生粋の小説家肌ではないのだろうと思う。あるいは実力が足りないのだろう。それとも人間として未熟だからなのかもしれない。
 
 ――そんなことを思う夜。
 夢を語って、叶った夢の先にあったのはこんな現実だった。

 やりたいことができていますか? やりたいことをできている人はすごい人だと本当に思います。
 夢は叶いましたか? その夢の先にあるものを突きつけられても夢を抱き続けられる人は本当に強い人だと思います。

 ――とりあえず。
 わたしは今日も少年少女のために夢を創り、紡ぎ出します。
 でも、実際、夢を幻想を書いてる人って現実的に厳しかったりするんですよねえ……。もしくは厳格に現実的な人。子供に子供のことは書けないとは申しますが、いやはや、大変だ。
 ……と、愚痴ってみた。
 もしこの文章を読んでいる貴方がまだ未成年でモラトリアムの最中にあるなら考えて欲しい。夢には覚悟が必要だということを。それもどんな才能を持っていても、次々と起こる問題に対したみたら並大抵の覚悟ではダメなことを。
 もし、貴方がもうモラトリアムを過ぎている人だったら、もう一度回想して欲しい。今あるあなたの姿は過去の自分が満足するものですか? 現在満足できていますか? 満足できるためにやるべきことをしていますか?
 ……と、偉そうに言ってみた。

 うーん。ますますなんのブログだかわからないなあ、これは。
 とりあえず、シール釣り放置〜。
 ルビーとダイヤ合わせて十個釣れた。二セットくらいで。
 しばらく放置の日々が始まりそうです。
 あ〜、来月の原稿のプロット考えなくちゃ……。
 あと新人賞短編作品を三つは作らなくちゃ……。
 その前に記念パーティに出席しなくちゃな……。
 むう〜ん、面倒だー!
 シール小説を書いたことがあって、修正入れて長編を書き上げちゃおうと思っているのですが、時間と精神的余裕がなーいっ。
 あ、ちなみにこの文章は一時間もかけてないので。
 アニメ見ながらメッセやりながら書いて、見直しもしないで保存しちゃうから誤植は勘弁してくださいね〜。

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鬱と雨の日。

 ぽつぽつと雨。
 見つめると薄暗い空の下、梅雨の雨が降りしきってる。
 ぽつぽつと雨。ぼんやりと眺める。
 髪でも切りに行こうかな……。
 伸び始めた髪をいじりながら考える。
 でもお気に入りのカーディガンが濡れるからやめよう。
 何にもやる気になれない日。
 ティーカップ。
 とっくに冷えた紅茶。
 紅茶の匂い。それと少し開けた窓から匂う草木の香り。雨に滲んで漂ってくる。
 雨の中、一人歩いたらどんな気分になるんだろう。
 きっと気持ちは沈んでいくんだろうな。
 それでもふと歩いてみたくなる。
 どこまでもどこまでも。
 あ〜あ。
 あいつは今何してるんだろう。
 どうして電話、くれないんだろう。
 ぽつぽつと雨。
 冷たい紅茶の少し苦い味。
 ぼんやりと味わう。
 目に映る景色は変わらない。
 そう思うとだんだん景色までがぼんやりとしてきてしまう。
 どこかに行きたい。でも行きたくない。
 雨があたしを閉じ込める。
 誰かどこかに連れ出してもらえるまで、あたしは多分ずっとこのまま。
 ただ電話を待ち続けて、いつの間にか泣いている。

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